「すごい手抜き」 其の弐

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昨日に引き続き「すごい手抜き」の抜粋。

 

laozi.hatenablog.com

 

 

 

著者が通うインド料理店で

メニューの写真と実物が違うことを

やんわり指摘したらしいです。

 

その時の答えが・・・・

 

 

「向かいのスーパーで旬のモノや、安いモノ

美味しそうな食材は、その日ごとに違います」

 

「だから、入手した食材で一番安くて、いいモノ

を作ろうと思ったら、毎日違う料理になるはず

でしょう?

 

毎日毎日、まったく写真通りの同じ料理を

作っていたら、最高の料理をお出しすることは

できないし、割高になります」

 

私はまったくその通りだと深く納得し

なぜ今までそういうふうに思わなかったのだろうと

むしろ自分のことが不思議になりました。

 

それは私がいかにも日本的な「完璧主義」

というものに、すっかり染まっていたからでした。

 

約束を完璧に履行することだけが目的。

 

でも世界にはいろんな考え方があって

 

何事も完璧が一番よいと考えてしまうのは

実は視野がすごく狭いことなのです。

 

と著者は言っています。

言われてみるとそうかもしれません。

 

 

 

時間にも触れています。

 

仕事を完璧に仕上げるというのは、不可能です。

仕事を完璧に仕上げるためには、時間は

無限に必要だからです。

 

中略

 

誰もが、どこかで手抜きをしているのです。

だから仕事が仕上がるのです。

 

 

 

幸せとの関係については

 

強迫症的な人というのは、あらゆる行動が

儀式のようになっていくのです。

 

その大半は、たしかにほとんど

無意味きわまりない迷信的行動ばかりかも

しれません。

 

中略

 

仕事のミスが常にまったくない状態を目指すと

いうのは、たぶん正常でいるための何かを

失う結果になるだけです。

 

完璧というのは、幸せに生きようという人が

目指すべき目標ではないのです。

 

 

 

手を抜くコツとして

 

「バランスよく手を抜くこと」が難しい

からこそ、何もかも完璧に仕上げたくなるのが

完璧主義者なのです。  

 

中略

 

「ここだけは手抜きをしてはいけない」という

ポイントを探すことです。

 

 

 

次は本当に思い当たります。

 

何かを発表するにあたって“不完全なモノ”を

世に出している感覚があるので、はじめに

“エクスキューズ”を付けちゃうことに関して

 

完璧主義志向の強い人は、いつも自分の不完全さ

に悩んでは、人に向かって言い訳し、他人に

自分の不完全さをアピールしているのです。

 

中略

 

こだわりが強くて細かいところに

気づきやすいので、気づきすぎるのです。

 

他の人が気づかないところに気づきやすいから

といって、他の人が気づかないところに

わざわざ注意を向けてあげる必要は

ないわけです。

 

中略

 

誰かがそれを指摘する前に、自分でわざわざ

指摘してまわる必要はないのです。

 

いや~気が楽になりました。

 

 

 

目から鱗が何枚落ちたことか(笑)。

正月早々“良い本”に出合えました。

 

 

 

それでは・・・・。