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「反応しない練習」~其の弐

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引き続き備忘録です。

 

 

 

妄想は妄想にすぎないと正しく理解して

「とりあえず、ただやってみよう」という

スタートラインに、意を決して立ってみる

ことです。

 

 

 

やってみて、少しずつできるようになって

経験を積んで、あるときふと振り返った

ときに、「ああ、これだけ続けてきたんだ」

と思える場所に立っている。 ある程度成果

が出せるという見通しが立つようになる。

そのとき感じる手応えが、「本物の自信」

です。

 

 

 

心が動くのは当たり前。 その動きつづける

心を見張って、よく気づいて、それ以上の

反応を止める。 それが「不動心」の中身

なのです。

 

 

 

宗教をはじめとする精神世界と、仏教-

ブディズムと呼ばれる“目覚めた人の思考法”

との違いは、「妄想に意味を見るか」どうか

にあります。

中略

どんな苦しみであれ、「前世」や「死後の世界」

といった「確かめようのないこと」は

追いかけない。 それは「苦しみを解くのに

必要がない」というのが、本来のブディズム

(ブッダの思考法)なのです。

 

 

 

あなたの苦しみが、「この人生」の中で生じた

ものである以上、この人生の中で必ず解決でき

ます。

 

 

 

「承認欲」を満たしたいなら、そのための

「正しい努力」をしましょう。 三つの条件が

あります。

 

1.認められたい気持ちをモチベーションにして

今の仕事・生活を「改善」していく。

2.どんなときも「自分のモノゴトに「集中」する。

3.「自分で納得できる」ことを指針(基準)と する。

中略

「正しい努力」とは「人に認められるため」とか

「成果を上げるため」といった“外部のもの”を

目標にすることではありません。 最初の動機が

何であれ、いったん始めたら“内面的な動機”に

立って励むことです。 つまり、集中や充実感と

いった心の“快”を大事にして、一つの作業を

続けることです。

 

 

 

心というのは、何かに触れれば必ず反応するもの

です。 あなたが期待するほど、心は強く

ありません。 外を歩けば反応する。

人を見れば反応する。 反応すれば雑念が溜まり

ます。 心とは本来そういうものだと心得て

おきましょう。

 

 

 

難しいのは、「捨の心」かもしれません。

というのは、「執着」があるからです。

欲をかなえたい、許したくない、相手に認め

させたい、勝ちたいというのは全部

「執着」です。

 

人間は執着している思いを、「相手のため」

「世の中のため」「正義」や「愛」のため

と理屈を作って正当化しています。

 

 

 

人が、煩悩(我欲と怒りと妄想)に執着すれば

必ず苦しみ・満たされなさが生まれます。

「勝ちたい」「手に入れたい」という欲求は

「勝った自分」「手に入れた状態」を思い

浮かべますが、それは妄想です。

 

「欲望」とは「欲求」プラス「妄想」のこと。

妄想を欲求で追いかけだしたとき、人は

自分を見失い、本来の生き方・よき心の状態を

忘れてしまうのです。

 

 

 

 

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本当の自分とは“頑張れる自分”から

“弱い自分”を引いた残りなのです。

 

 

 

人生は、つねに「ここからスタート」です。

 

 

 

どこまで、最善、最高、等身大の自己ベストを

増やせるか、ここからチャレンジしましょう。

そして、最後は、どんな自分でも、自分に

とってベストの答えとして、無条件で

受け容れることです。 どんなときも

わたしを肯定する」こと。 肯定することに

根拠はいりません。

 

 

 

人は三つの執着によって苦しむ。

1.求めるものを得たいという執着

(だがかなわない)

2.手にしたものがいつまでも続くようにという

執着(やがて必ず失われる)

3.苦痛となっている物事をなくしたいという

執着である(だが思い通りにはなくならない)。

 

サルナートでの五比丘への開示

サンユッタ・ニカーヤ

 

 

 

私たちはこれまで、他人と同じ成功、同じ勝利

を求めて、同じ発想、同じ生き方を目指して

きたのではないでしょうか。 もちろんそれで

今の自分に納得できているならよいのです。

でも、もし少しでも、たどり着いた「今の自分」

に満たされなさを感じているのなら、たぶん

その考え方は「自分に合っていない」のです。

執着する必要はありません。 自分を否定する

のではなく、考え方を変えてください。

 

 

 

多くの人は“よりどころ”を、心の内側ではなく

世俗の世界に求めます。 たとえば、お金

モノ、快適な暮らし、世間に賞賛されそうな

地位や職業や学歴といった記号です。 自分が

幸せになるための答えは「世の中」にある

だから頑張って、社会で価値ありとされている

ものを手に入れれば、きっと満足できる、と

信じています。 ですが、その“求める心”が過去に何を

もたらしてきたかといえば「自分には何かが

足りない」という心の渇きでした。

中略

世界は、これら人間の煩悩をたくみに刺激し

利用することで、回っています。

中略

だから人は、求めては失望し、の繰り返し (心の輪廻)

を抜けられないのです。

 

 

 

ブッタが教えるのは、現実を「変える」ことでは

ありません。 「闘う」ことでもありません。

現実は続く。 人生は続いていく。 

そうした 日々の中にあって、せめて自分中に苦しみを

増やさない、「納得できる」生き方をしよう-

そう考えるのです。

 

 

 

それでは・・・・。

 

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