悪条件に遭遇しないと、進化が起こらない ◆ 「ブッダの瞑想と脳科学」



もはや説明不要だと思われますが、著者はテーラワーダ仏教の長老アルボムッレ・スマナサーラ さん。

 

原始脳に振り回されず、瞑想によって大脳を鍛え、理にかなった生き方を手に入れましょうって内容です。

 

私には、以前紹介した

laozi.hatenablog.com

のほうがわかりやすかったです。

 



生きるとは、命、生命とは「知る機能がある」という意味です

 

 

 

脳細胞は、自分を生かしてくれる他の細胞組織のために、マネージャーの役を担っているのです。だからといってマネージャーは親分ではありません。

 

 

 

命は儚いものです。では、その事実を原始脳に教えられますか?不可能です

中略

そこで、大脳はうまいことやろうとして、いろいろな幻想をつくり、妄想するのです。たとえば、「死んでも魂は死にません。神様が迎えに来て永遠の命を与えてくれる」などなどの妄想概念を使って、愚かな原始脳に落ちついてもらおうとします。

 

 

 

命が永遠であるならば、存在欲は不必要です。命は永遠なりという言葉は、「命は脆い」という現実に対する不満をごまかすための慰め、自己暗示なのです。

 

 

 

悪条件に遭遇しないと、進化が起こらないのです。なのに、人は誰も悪条件を期待しません。いつでも良い条件を欲しがります。もし、不運にも良い条件ばかり遭遇したら、進化ではなく退化してしまうのです。進化するために悪条件が欠かせないというのは、面白いポイントです。

 

 

 

実際のところ、世の中の人間の大半は「創造論」を信じているのです。ただ信じているだけで、証拠はありません。しかし、「創造主を信じることで永遠の命を確保できる」と信じ込んだほうが大脳は落ち着くのです。それは真理に背く麻薬作用です。大脳の普通の働き方は、開発の方向に進みません。反対に、退化して破壊する方向に進んでいるのです。

 

 

 

大脳に集中力を経験させたいならば、呼吸など何か一つの行動にあえて意図的に集中してみることです。

 

 

 

すべての生命は、眼耳鼻舌身意に入る情報を自分の都合に合わせて瞬時に捏造します。

中略

捏造した理解のことを、概念というのです。 新たな神経回路を丁寧につくる作業が瞑想実践です。

 

 

 

私たちが何かやろうと思ったら、社会はそれを攻撃するのです。これは初めからわかっていることです。学生さんたちが、就職のために面接に行くと、他の学生さんたちも応募しているので競争になることはわかっています。これは悩みにはなりません。

 

 

 

自分の敵とは、結局、自分自身なのです

 

 

 

心は放っておくと堕落する

 

 

 

それでは・・・・。